災異説におけるコロナ論 第五話

 

 歴史上、儒教は為政者側のプロパガンダだったのみならず、皮肉にも、それ自身が逆転して、為政者そのもの地位をも揺るがす危険思想の刃でもあった。

 理由は、儒教の持つ「道徳」である。

 儒教は、権力に弱い宗教という一般的認識を尻目に、時代時代の節目に、地下のマグマの如く噴出する危険思想なのであることは、あまり知られていない。

 また、儒教に限らず、およそ、宗教は古来より、権力の補益と言えど、宗教権力と現世的権力が衝突することは、歴史に頻発する事象である。

 なぜなら、現世の権力よりも、別の、地上の権力よりも上位の、神の世界の権力を、主張するのが宗教であるからだ。

 言ってしまえば、宗教というのは、とどのつまり、神は地上の権力者より偉いという認識を大衆に与える思想なのである。
 これは、戦国時代の信長が手を焼いた宗教寺院勢力や、西洋中世のローマ教皇を思い浮かべれば首肯するであろう。王が教会に膝を屈する歴史的事例が、好例である。

 王権神授説という言葉は誰でも知っている。この言葉は、地上を支配する王権であっても、その正統性の担保に神の威光を必要としたことを示している。王の頭上の冠は、神の栄光の担保によって光輝いているのだ。

 権力者はこの世を支配する。しかし、そのような地上の権力よりも、上位の権力を仮想世界に構築するのが宗教のデファクト・スタンダードである。これが、現世の権力者と衝突するのは、当然であり、人類の歴史は、宗教権力と現世の権力の主権争いの闘争と妥協の産物であるとも言える。

 とは言え、万世一系を奉じる、我々、日本人は、明治の近代化以降、絶対的な天皇制の存在を疑わないシステムの支配下(その上位にいるのがアメリカだが)にあるため、あまりピンと来ないかも知れない。

 これは、近代以前にも信長以降、宗教権力が、現世の権力者にその政治的地位を剥奪されたためでもある。明治以降の国家神道も先の戦争の敗北の結果、「人間宣言」をGHQという新しい現世権力者に強いられ、その超常性と神性は地に堕ちた。

 およそ、日本国は、絶対的な権力者が立ちにくい。立ってもすぐに引きずり降ろされる。かと言って、天皇が権力者かと言えば、そうではなく、やはり、その権力保持者が天皇であっても、地に引きずり降ろされる。

 これは、和を以て貴しとなす、聖徳太子の呪いでもある。誰もが口を揃えて、呪術において、およそ完璧な太子の古代の呪術は、未だに日本国を支配しているとも言える。

 どんな人物が天皇になろうが、実権的な権力を行使しないため、日本人は、倒すべき残虐な統治者というイメージは希薄である。我々は、天皇が、代々の日本国の長であることを容認し、他の国のように、悪逆の非道な統治者を倒すという、革命思想が希薄な珍しい民族国家でもある。

 しかし、逆を言えば、実権を持たない天皇制という歴史だからこその結果であって、もし、天皇制が権力を持っていた時代が続いたならば、とうに「易姓革命儒教孟子)」によって天皇制は淘汰されていたかも知れないのである。

 儒教は、基本、先祖供養などの宗教的な儀式の側面も存在するが、それ以上に、「仁義礼智忠信孝悌」の道徳認識を基盤にする「政治思想」である。

 そのため、基本、為政者の権力基盤として作用するシステムである。例えば、忠孝という概念が、日本の封建的精神を育んだことは、我々日本人ならばおなじみであろう。

 が、同時に、このことは、道徳見地から見て、権力批判の武器にもなる諸刃の剣である。
 儒教の亜聖である孟子易姓革命論を見るまでもなく、「為政者は道徳的に世を治めるため天に選ばれし者である」というのが儒教における為政者の王権神授説的「キャラ設定」だからだ。

 そこには、日本の天皇制のように、道徳に関係なく、その地位を万世一系で、維持するという同民族的ヌルい概念は無い。

 元々、徳川幕府の秩序維持のために導入した官学の儒教は、やがて、朝廷を錦の御旗とする、明治維新へと突き動かしてしまったことは、我々、日本人の歴史の記憶に新しい。

 儒教の本場の中国では、日本とは違い、悪政とされた皇帝権力が、易姓革命で打ち倒されてきた歴史がある。

 つまり、アジアにおいては、王権神授説で政権を担保するのも革命で打ち倒すのも、儒教の持つ「道徳」という概念であるのだ。

 董仲舒の災異説は、このような儒教的な考えの、伝統の延長上線、いや、古代の儒教と言う根本にある思想である。
 つまり、現世的権力の道徳的行為と、「天」がリンクしているという考えである。
 すなわち、天人相関思想でもある。

 当然、災異説が、現代の疫病であるコロナ騒ぎに関連があるという認識に至ることは言うまでもないであろう。

 

 

 

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 災異説におけるコロナ論 まとめ

 

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